完敗。
12月14日、Gale warningのなか20日分の食料を積み込み、打ち寄せる波を越え出発。うねりは大きかったが、サーフゾーンを越えてからは順調にいくつかの岬を越えた。
漕いでもほとんど進まない南西の向かい風が強くなったところで進路を変更。陸をめざした。一度吹き出したらいつ風力が落ちるかは天候次第。ここからなら、最悪でも1日がかりで、トレッキングとヒッチハイクで食料補給に行くことができる。そう思いながらここポートクレイグ(現在はただの浜)に上陸した。しかし、そのブッシュの中をまともに歩くことができないほど足に激痛があったのは実は出発前からだった。そもそも、追い風、追い波のなか引き返している最中に、ラダーのフットペダルが踏めずにラダーを上げてしまったほどだった。考えてみれば自分の体調が出発前からかなりおかしかったことに気がつきながら重要視せず、ただ、ただ、出発することだけを念頭においていた。
2〜3日休めば天気も足も良くなるだろうと希望的予測をしていた。天気は相変わらずコロコロ変わるが足の調子は一向に変化無し。そうやっているうちに10日が過ぎた。ただ、停滞しているだけでも当然の事ながら食料は減っていく。出ようにも歩けない。有り余る時間の中で、カヤックを漕いでいる最中は足を使わないから大丈夫だ、そう思いこんでいた自分の謙虚さの無さに嫌気がさした。体調万全、準備万端でさえ厳しい状況なのに・・・。
風とうねりの落ち着いた12月の末頃、出発地点へと漕ぎはじめた。この時点で、今年の遠征の再出発はもうできないだろうと内心思った。戻ったからには仕方なく、町へ出て病院へ恐る恐る行った。薬をもらい、痛みは軽減したが、ドクターからの問いに『シーカヤックで遠征しています。』と答えた。食事の内容を聞かれ、すぐに忠告をされた。この時点で今年の遠征が内心から決定になった。遠征での食事内容があまりにも食べてはいけない物にかわってしまったからだ。痛みが取れても、2週間かけて行ってきた食料デポを1から内容を変えてしなおす気力と残された時間がこの時既になかった。
2つの選択肢があると、生きる方での理屈を見つけだしやすい。もっと、もっと強かったら再出発できたかもしれない、とも思う。が、どんなに強くても勝てないものがあるってのを知っていながら再認識させられた時点でゲームオーバーだと思った。今更ながらだが、叩きのめされて初めて理解したこともあった。何はともあれ、完敗である。
ドクターの忠告通り、帰国したら病院直行でオーバーホールをしなければならない。内臓疾患も考えられるということなので。
今まで、ブログでのご支援、ご声援、本当にどうもありがとうございました。とにかく、近日中に帰国いたします。
村田泰裕











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